睡眠時無呼吸症候群とは?
睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep Apnea Syndrome)とは、睡眠中に呼吸が何度も止まってしまう病気です。主に「閉塞性」と「中枢性」に分けられますが、最も多いのは**閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)**で、気道が物理的に塞がることにより呼吸が止まるのが特徴です。
主な症状と生活への影響
SASの典型的な症状には、以下のようなものがあります:
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大きないびき
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睡眠中に息が止まる(家族に指摘されることが多い)
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日中の強い眠気
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朝起きたときの頭痛や口の渇き
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集中力や記憶力の低下
これらの症状は、夜間の睡眠が浅くなることに起因しています。何度も無呼吸状態が発生することで、脳がその都度覚醒し、深い睡眠が妨げられてしまうためです。結果として、**睡眠時間を十分に取っていても「疲れが取れない」「日中に居眠りしてしまう」**という事態になります。
健康リスクと放置の危険性
SASは単なる「いびきの問題」にとどまりません。以下のような重篤な健康リスクとも深く関係しています。
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高血圧
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心筋梗塞・脳卒中
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糖尿病の悪化
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交通事故リスクの増加
特に日中の眠気は、運転中の事故や仕事上の重大ミスにつながる危険もあります。さらに、放置していると生命に関わる疾患に発展する可能性もあるため、早期発見と対策が重要です。
従来の治療法とその課題
SASの代表的な治療法として、CPAP(シーパップ)療法があります。これは、就寝時に鼻に装着するマスクから空気を送り込み、気道の閉塞を防ぐ仕組みです。高い効果を示す治療法であり、世界的にも広く使われています。
しかしながら、
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マスクの装着が煩わしい
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装置の音や圧迫感で眠れない
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継続使用が難しい
といった理由から、治療の中断や継続率の低さが課題となっています。こうした背景から、近年ではより快適で持続可能な代替治療法として「電気刺激療法」に注目が集まっているのです。
電気刺激療法とは?
睡眠時無呼吸症候群の新たな治療法として注目されているのが、**電気刺激療法(舌下神経刺激療法)**です。これは、舌の筋肉をコントロールする神経に微弱な電気を流し、睡眠中の気道閉塞を防ぐという革新的なアプローチです。特に、CPAPが合わなかった人や装着が困難な人にとって、有効な選択肢となりつつあります。
舌下神経刺激療法の仕組み
電気刺激療法は、「舌下神経(ぜっかしんけい)」という、舌の動きを司る神経に対してタイミングよく電気信号を送ることで、舌が気道をふさぐのを防ぐ仕組みです。
具体的には、次のような流れで動作します。
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小型の装置を胸の皮下に埋め込む(ペースメーカーに近いサイズ)
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睡眠時に呼吸のタイミングを感知するセンサーが作動
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呼吸に連動して舌下神経に電気信号を送り、舌を軽く前方に引き上げる
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これにより、気道が広がり、無呼吸を防止
この治療は、「Inspire(インスパイア)」と呼ばれるシステムが代表的で、すでに欧米を中心に普及が進んでおり、日本国内でも導入施設が増えつつあります。
対象となる患者とは?
電気刺激療法は誰でも受けられるわけではなく、いくつかの条件を満たした人が適応となります。
主な適応条件:
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中等度〜重度の閉塞性睡眠時無呼吸症候群であること(AHI15〜65程度)
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CPAP療法が合わなかった、継続できなかった人
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BMIが一定以下(多くは32未満)であること
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重篤な心疾患や神経疾患がないこと
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年齢制限や舌の解剖学的適性など、医師の判断により個別に決定
治療の流れ
治療は以下のように進みます:
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スクリーニング検査(睡眠検査やCT、耳鼻科的診察)
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適応が確認されたら、装置の埋め込み手術(1〜2時間程度)
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術後1ヶ月ほどで装置を作動させ、設定を調整
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リモコンでオン/オフ操作が可能で、自分で管理できる
手術は全身麻酔で行われますが、入院は1〜2日で済むことが多く、術後の管理も比較的簡便です。
電気刺激の効果とメリット
電気刺激療法は、従来のCPAP治療とは異なるアプローチでありながら、高い効果が報告されている治療法です。舌下神経への微弱な電気刺激によって、気道の閉塞を防ぎ、無呼吸やいびきを大きく減少させることが期待できます。
無呼吸・いびきの大幅な軽減
電気刺激療法の代表的な装置「Inspire」に関する臨床データでは、以下のような結果が報告されています。
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AHI(無呼吸低呼吸指数)が約70%減少
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いびきの頻度と音量も顕著に低下
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治療開始後1年以内に、多くの患者で睡眠の質が大幅に改善
とくに、CPAPを使用できなかった患者においても、約80%が継続して治療を続けられたという報告があり、治療継続率が非常に高い点が大きな特長です。
CPAPとの比較:装着の煩わしさがない
CPAP治療では、就寝時に鼻にマスクを装着し、機械から空気を送り込む必要があります。一方で電気刺激療法は、
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マスク不要
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持ち運びや管理の必要なし
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外見に変化がない
という点で、生活の質(QOL)を保ったまま治療を継続できるのが最大の利点です。
日常生活への影響が少ない
電気刺激療法は、埋め込み式のデバイスを一度装着すれば、寝る前にリモコンでオンにするだけで治療が自動的にスタートします。
以下のようなメリットがあります:
メリット | 内容 |
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静音性 | 音が出ないため、パートナーの睡眠を妨げない |
非侵襲性 | 外から見えないため、見た目のストレスがない |
継続性 | 使用感が自然で、治療継続率が高い |
可変性 | 医師と相談しながら電気刺激の強さを調整できる |
睡眠の質が向上し、日中の生活にも変化
治療によって無呼吸が減ることで、熟睡感のある睡眠が取れるようになり、日中の集中力や活動意欲が回復したという声も多数あります。これは、ただいびきを改善するだけでなく、全身の健康改善にもつながる大きなメリットです。
電気刺激療法のデメリットと注意点
電気刺激療法は多くのメリットがある一方で、誰にでも適応できる治療法ではなく、いくつかのデメリットや注意点も存在します。導入を検討する際は、その点も理解しておくことが大切です。
外科手術が必要
電気刺激療法は、装置を体内に埋め込む外科的手術が必要です。具体的には、胸部に制御装置を、あごの下部に電極を設置します。手術は全身麻酔で行い、1〜2時間程度で終了しますが、以下のようなリスクも伴います。
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術後の腫れや痛み
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感染症のリスク
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機器の不具合・再手術の可能性
こうした侵襲性のある治療であることから、特に高齢者や基礎疾患のある方には慎重な判断が求められます。
高額な費用と保険適用の課題
現時点(2025年7月時点)では、日本国内で電気刺激療法が健康保険の適用対象になるかどうかは病院や症例により異なり、完全に自由診療扱いとなる場合もあります。そのため、費用が以下のように高額になることがあります。
費用項目 | おおよその金額(保険適用外の場合) |
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検査・診断 | 約5万〜10万円 |
手術・デバイス | 約300万円前後 |
術後フォロー | 約数万円〜 |
保険適用の可否や公的助成制度の利用可能性については、事前に病院へ確認する必要があります。
対象外となるケースもある
以下のような方は、電気刺激療法の適応外となる可能性があります。
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重度肥満の方(BMIが高すぎる)
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重度の心疾患、神経系疾患がある
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閉塞の原因が舌以外にある場合(例:鼻中隔弯曲など)
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高齢で手術のリスクが高いと判断された方
また、機器が体内に埋め込まれているため、MRI検査の制限や機器誤作動のリスクなど、日常生活での制約が多少発生する場合もあります。
どこで受けられる?治療の相談先と今後の展望
電気刺激療法はまだ新しい治療法であるため、どこでも受けられるわけではありません。現在のところ、一部の専門病院・大学病院・耳鼻咽喉科の高度医療機関で導入されており、地域によっては対応可能な施設が限られます。
治療を受けるには紹介状が必要な場合も
この治療を希望する場合、以下のような流れになります。
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かかりつけ医や耳鼻咽喉科で相談
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まずは簡易検査やポリソムノグラフィー(PSG)でSASの診断を受ける
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CPAPなどの一般的治療が合わなかった場合、選択肢として提案される
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適応が認められれば、電気刺激療法が可能な病院へ紹介される
病院によっては、事前に紹介状がないと診察を受けられないこともあるため、まずは最寄りの耳鼻咽喉科に相談することが第一歩です。
日本国内で導入されている主な医療機関
2025年現在、以下のような施設で電気刺激療法の導入実績が報告されています(状況は随時変動するため、事前確認を推奨)。
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東京医科大学病院
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京都大学医学部附属病院
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聖路加国際病院
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神戸市立医療センター中央市民病院
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広島大学病院
これらの施設では、「Inspire」などのデバイスを用いた治療実績があり、手術実績が豊富な医師が在籍している可能性が高いです。
今後の展望と普及の見込み
電気刺激療法は、欧米ではすでに一定の実績と保険適用が進んでいますが、日本ではまだ黎明期といえます。今後の展望としては以下のような動きが期待されます。
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保険適用の範囲が拡大すれば、受けやすくなる
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手術件数の増加により、熟練した医師が増える
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デバイスの小型化・低価格化も進む可能性あり
とくに、CPAPが苦手な人にとっては治療継続率の高さが大きな利点となるため、今後のSAS治療の一つの柱として普及していくことが期待されています。
まとめ:電気刺激療法は新しい選択肢として注目されている
睡眠時無呼吸症候群は、放置すると命に関わる合併症を引き起こす可能性のある深刻な病気です。従来のCPAP療法が非常に効果的である一方で、装着感や継続の難しさから治療を断念してしまう人が多いという課題もありました。
そんな中で登場したのが、**舌下神経に電気刺激を与えて気道を確保する「電気刺激療法」**です。この治療法は、CPAPに代わる選択肢として今後ますます注目されると考えられています。
もちろん、外科手術が必要で費用も高額になるなどのデメリットもありますが、
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CPAPが合わなかった方
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いびきや無呼吸を根本的に改善したい方
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長期的にQOL(生活の質)を高めたい方
にとっては、十分に検討する価値のある治療法です。まずは信頼できる耳鼻咽喉科医に相談し、自分に合った治療法を見つけることが重要です。
参考記事
- ねむケアラボ
いびき、睡眠時無呼吸症候対策.comいびきや睡眠時無呼吸症候群の各種治療法や取り扱い病院等紹介していきます。 -
睡眠時無呼吸症候群の新しい治療法「舌下神経電気刺激療法(Inspire療法)」とは
https://www.inspirejapan.jp/ -
日本耳鼻咽喉科学会 睡眠時無呼吸症候群の診断と治療について
https://www.jibika.or.jp/ -
日本睡眠学会 睡眠時無呼吸症候群に関するガイドライン
https://www.jssr.jp/ -
Inspire(舌下神経刺激療法)の米国FDA承認情報
https://www.fda.gov/