睡眠の悩みを抱える人にとって、「ベンゾジアゼピン系睡眠薬」は一般的な対処法のひとつです。不安や不眠に効果があり、医師の処方のもとで広く用いられています。しかし、近年問題視されているのが、この薬と「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」の相性です。
SASとは、眠っている間に呼吸が止まってしまう病気で、日中の眠気や生活習慣病のリスクとも深く関係しています。実は、ベンゾジアゼピン系薬剤はSASの症状を悪化させる可能性があるという指摘があり、自己判断での使用には大きなリスクが伴います。
この記事では、ベンゾジアゼピンの基本的な働きから、SASとの関係、そして安全な睡眠改善策まで詳しく解説します。薬を使う前に知っておきたい「リスク」と「選択肢」を、わかりやすくご紹介します。
ベンゾジアゼピンとは?
ベンゾジアゼピンとは、不安や緊張、不眠などの症状に対して効果がある薬の総称で、精神科や内科で広く使用されています。中枢神経に働きかけることで、心身をリラックスさせ、眠りに入りやすくする作用があります。
主な作用と仕組み
この薬は脳内のGABA(ガンマアミノ酪酸)受容体に作用し、神経活動を抑制することで、次のような効果をもたらします。
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不安を和らげる(抗不安作用)
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筋肉の緊張をほぐす(筋弛緩作用)
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眠気を誘導する(催眠作用)
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けいれんを抑える(抗けいれん作用)
このような多様な作用があるため、不眠症、パニック障害、うつ病、てんかんなど、さまざまな疾患の治療に用いられます。
よく処方される薬剤例
薬剤名 | 用途 | 特徴 |
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ハルシオン(トリアゾラム) | 睡眠導入 | 効果が速く、作用時間が短い |
レンドルミン(ブロチゾラム) | 睡眠維持 | 持続時間がやや長め |
デパス(エチゾラム) | 抗不安・睡眠 | 筋弛緩作用が強く依存性もある |
いずれも即効性がありますが、使い続けると依存や耐性が生じやすいことから、使用は慎重に行う必要があります。
睡眠時無呼吸症候群とベンゾジアゼピンの危険な関係
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に何度も呼吸が止まる、または浅くなる病気です。この状態が繰り返されることで、酸素不足や睡眠の質の低下を招き、日中の眠気・集中力の低下・高血圧や心疾患などの合併症につながります。
こうした背景がある中で、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を使うとどうなるのでしょうか?
筋弛緩作用が気道を塞ぐリスク
ベンゾジアゼピンには、筋肉を弛緩させる作用があります。これはリラックス効果をもたらす一方で、気道の筋肉までゆるめてしまうため、SAS患者にとっては大きな問題になります。
特に「閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSA)」の患者では、舌根や咽頭の筋肉が弛緩すると、気道が狭くなりやすくなります。そこにベンゾジアゼピンの作用が加わると、
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呼吸が止まる回数(無呼吸イベント)が増加
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呼吸が浅くなる時間が長くなる
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酸素飽和度の低下が悪化
といった症状の悪化につながりかねません。
AHI(無呼吸指数)の悪化が報告されている
ベンゾジアゼピンの使用によって、AHI(Apnea Hypopnea Index:無呼吸低呼吸指数)が上昇することが、複数の研究で報告されています。とくに中等症~重症のSAS患者では、ベンゾ系薬剤の使用により夜間の酸素低下が著明になるというデータもあり、注意が必要です。
睡眠の質をむしろ悪化させる可能性も
一見すると「睡眠薬でぐっすり眠れる」と思いがちですが、SAS患者においては、ベンゾジアゼピンが原因で深い眠りの時間(徐波睡眠)が減少したり、中途覚醒が増えるという報告もあります。つまり、薬を飲んでも「本質的な睡眠の質が改善していない」どころか、悪化している可能性があるのです。
なぜ処方されてしまうのか?
SASと診断されていないまま不眠を訴えると、ベンゾジアゼピンが処方されるケースが少なくありません。しかし、実は不眠の原因が「無呼吸による中途覚醒」だった場合、対症療法にしかならず、根本的な改善は望めません。
ベンゾジアゼピン以外で睡眠を改善する方法
睡眠時無呼吸症候群(SAS)の患者が睡眠障害に悩む場合、ベンゾジアゼピン系薬剤に頼らずに睡眠の質を改善する方法を選ぶことが大切です。ここでは、薬を使わないアプローチから、比較的安全とされる薬剤までをご紹介します。
非薬物療法:まずは生活習慣の見直しから
まず取り組むべきは、睡眠衛生(Sleep Hygiene)の改善です。これは日常生活での行動や環境を整えることで、自然な睡眠を促す方法です。
睡眠の質を高める生活習慣チェックリスト:
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□ 毎日決まった時間に寝起きする
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□ 就寝2時間前からスマホやPCの使用を控える
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□ 就寝前のカフェイン・アルコールを避ける
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□ 就寝1時間前にぬるめの入浴を取り入れる
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□ 寝室の明かり・温度・湿度を快適に保つ
これらは薬に頼らずに睡眠のリズムを整える基本的な方法であり、SASの治療とも両立できます。
認知行動療法(CBT-I)
不眠の根本的な原因が「眠れないことへの不安」である場合、認知行動療法(CBT-I)が有効です。これは、睡眠に対する誤った思い込みや行動習慣を修正する心理療法で、欧米ではベンゾジアゼピンに代わる第一選択の治療として位置づけられています。
呼吸への影響が少ない睡眠薬
どうしても薬が必要な場合は、ベンゾジアゼピン系以外の薬剤を検討します。特にSAS患者に対しては、呼吸への影響が少ない薬が望まれます。
薬剤名 | 特徴 | 呼吸への影響 |
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ルネスタ(エスゾピクロン) | 非ベンゾ系、入眠・中途覚醒の改善 | 影響は比較的軽微 |
ベルソムラ(スボレキサント) | オレキシン受容体拮抗薬 | 呼吸抑制が少ないとされる |
ロゼレム(ラメルテオン) | メラトニン受容体作動薬 | 安全性が高い、習慣性が少ない |
これらは、SAS患者にも比較的安全とされる選択肢ですが、自己判断での使用は避け、必ず医師の指導のもとで使用する必要があります。
SAS患者が薬を使うときの注意点
睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者にとって、薬の使用は慎重に行う必要があります。とくに睡眠薬や抗不安薬は、呼吸機能に影響を及ぼす可能性があるため、誤った使い方をすれば症状を悪化させるリスクがあります。ここでは、SAS患者が薬を使う際に気をつけるべきポイントを解説します。
医師の診断を受けたうえで薬を選ぶこと
自己判断で市販の睡眠改善薬を使ったり、以前に処方された薬を再使用するのは非常に危険です。まずは専門医(呼吸器内科や耳鼻咽喉科)でSASの診断を受けることが前提です。
診断結果に基づき、医師は次のような方針を検討します:
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SASの重症度とタイプ(閉塞型・中枢型)
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睡眠障害の原因が無呼吸に起因するかどうか
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他の基礎疾患との関連(高血圧、糖尿病など)
そのうえで、必要最低限の薬剤で安全に睡眠を支える方針が立てられます。
CPAP治療と睡眠薬の併用は要注意
SASの第一選択治療であるCPAP(持続陽圧呼吸療法)は、高い効果が期待できる反面、「装着しても寝つけない」「息苦しさがある」といった声もあります。その対処として睡眠薬を使いたくなる人もいますが、併用には細心の注意が必要です。
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CPAPで気道は確保されるが、過度な筋弛緩作用は逆効果になる場合がある
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使用する薬は「呼吸抑制のリスクが低いもの」に限定されるべき
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睡眠薬の服用は毎日ではなく、必要時に限定することが原則
医師の監督下で調整すれば、CPAPと睡眠薬の併用も可能なケースはありますが、必ず医療機関で適切な指導を受けましょう。
睡眠薬を使用中にSAS検査を受けるときの注意点
「現在すでに睡眠薬を使用していて、SASの検査を受けたい」という方は、検査日には薬の服用を一時的に控えることを求められることがあります。なぜなら、
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検査結果が薬の影響で過小評価される可能性がある
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実際よりも呼吸障害が軽く見える場合がある
そのため、検査前には医師に薬の使用状況を正直に伝え、指示を仰ぐことが重要です。
ベンゾジアゼピンはSASに慎重に使うべき薬
睡眠時無呼吸症候群(SAS)に悩む人が、眠れないからといって安易に睡眠薬、とくにベンゾジアゼピン系薬剤を使用することは非常にリスクが高い行為です。
ベンゾジアゼピンは筋弛緩作用によって気道の閉塞を助長し、無呼吸の回数を増加させる可能性があり、睡眠の質を根本から悪化させる危険性があります。SAS患者にとっては、薬物治療の選択が命に関わることもあるのです。
その一方で、非ベンゾジアゼピン系薬剤やオレキシン受容体拮抗薬、メラトニン作動薬など、比較的安全な選択肢も存在しています。また、**生活習慣の改善や認知行動療法(CBT)**といった非薬物療法も有効です。
最も大切なのは、自己判断せずに医師に相談すること。SASと睡眠障害は複雑に絡み合っているため、専門的な判断が必要です。
「眠れないから薬を飲む」という行動が、逆に命を縮めることにならないよう、正しい知識と対応で安全な睡眠を取り戻しましょう。
参考記事
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日本睡眠学会「睡眠薬と睡眠時無呼吸症候群」
https://jssr.jp/data/pdf/sas_and_drugs.pdf -
MSDマニュアル家庭版「睡眠薬の種類とリスク」
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/ホーム/ -
ナショナルジオグラフィック「睡眠薬と無呼吸の知られざる関係」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/061400300/ -
厚生労働省 e-ヘルスネット「睡眠薬の正しい使い方」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/